2007/12/21

医者になりたかったおれは思う



実家から幼児~高校時代くらいまでの写真やら生徒手帳やら何やらが突然送られてきた。電話したら母親が「なんかラブレターも出てきたんだけど、これはみんなに止められたから送らなかったわきゃはははは」だと。三十路をとうに過ぎた息子つかまえてバカかあんたは。とまぁ、それはともかく、それを見てふと思ったことがある。正直この前振りとは何の関係もないのだが続ける。


その昔、おれは医者になりたかった。だがやめた。体力面でも、性格面でも適正がないんじゃないか、と考えたからだ。んで、最近その判断が間違っていなかったと心から思っている。ただし、それはおれの性格云々とは別の次元で、だ。


昨今の医療ミスに関する報道は異常だ。たとえば昨年起きた奈良県での妊婦「たらい回し」事件。マスコミはまるで「人災」であったかのような報道を繰り返していた。おそらく「痛ましい事件だった」「どこかで受けいれてもらえれば助けられたのに」と感じた人も多いと思う。が、事実はまるで異なる。詳細は「大淀病院」「たらい回し」でgoogle検索していただくとして、(亡くなった方には大変気の毒ではあるが)そもそも救命の確率がほぼない状態だった上、そのような状態の患者を受け入れられる病院が本当になかったのだ。客観的に見て、子供を救命できたことさえ驚き、そう判断せざるを得ない「事故」だったというのが真相だった。


ところが、これを「事故」ではなく「事件」と見做す報道が連発され、悪いことに産科医が民事訴訟の対象となってしまった。結果何が起こったか。奈良県南部の産科は絶滅した。なに、一気になくなったわけじゃない。もともと当該病院が最後の砦だったのだ。


さらに、他地域でも分娩をとりやめる病院が出るなど、影響は大きかった。ただし、これにしても以前からその傾向だったものが加速されただけだ、とも言える。さらにさらに、各地でギリギリの状態でがんばっておられた医師たちのモチベーションに壊滅的なダメージを与えてしまったようだ。過酷な勤務状況に耐え、文字通り己の命を削ってきた結果、ふと見回してみると四方八方、患者でさえ敵だったのだ。無理もない。


防衛医療、という言葉がある。それが何を指すかはwikipediaでの記述を見ていただくとして、どう思われるか?「これはちょっとひどくないか?」「人の道を外れちゃいないか?」と感じる人もいるかもしれない。が、ここまで彼らを追い詰めたのは誰か、をよく考えてみてほしい。ブログ界隈を眺めるだけでも、医療に携わる方々の疲弊っぷりは手に取るようにわかる。おれの業界も相当キツい、とされているが、正直言って比較にならないくらい酷い状況に置かれている人ばかりのように見える。


医療行政のメチャクチャさもあって、おそらくもう国内の医療体制が崩壊するのは不可避だ。産科は前述の事件などがフィニッシュブローとなって完全に臨界を超えてしまっている。都市部ですら安心して子供を産める地域は限られているのではないだろうか。こうなってはソフトランディングも無理だろう。小児科も時間の問題だし、外科系も同様のように思える。医師に限らないが、この手の高度専門職は促成栽培できるものではない。まともな医師を一人育成するのにどれだけのコストがかかるか、軽く想像しただけでも眩暈がする。いったん空いた「穴」を塞ぐのは困難なうえ、現状この「穴」は広がる一方だ。


どうも、医療に関しては原理主義的な考え方をする人が多いんじゃないか?科学的な考察もなく、コスト感覚もなく、ただ「かけがえのない生命」と言ってりゃいいと思ってんじゃないだろうか。基本的に医療行為というものは不確実なものである、という前提は微塵も考慮されていない。あえて言うが、そのような「おめでたさ」がこの状況を招いた、ということはよく考えてみるべきだ。この状況に至るまで放置したのも我々なら、結果として不利益を蒙るのも我々なのだから。





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