2012/04/25

「なんで(あるゲーム機)なの?(別のゲーム機)で出すのが普通だろ」という物言い

ツイッターをつらつら見ていると、何かゲームの発表があるたび「○○で発売とか止めてくれ。△△で出たら買うのに〜」的なツイートを目にする。最近では、任天堂ハードでリリースされるゲームに対してこういうパターンがままある。で、それに対し「そんなにやりたきゃ本体ごと買えよ」という返しがあるのも半ばお約束となっている。おれもそういうことを度々言っている、気がするw

実際、「△△で出たら買うのに〜」というツイートは情報量0かつ他人にとって何も面白みもなく、ちょっとキツめの言い方をするなら「自分は特定のハードウェア信者である」という告白、もしくは「本体買うほど思い入れはありませんけど欲しいポーズとってみました」という宣言以外の何物でもない。

いや、「△△で出てくれないかなあ」という願望を持つのはいいんだ。そりゃおれだって全ての据え置き機用ゲームがXbox360に集まれば幸せだろうし、PSPでリリースされているゲームが全てVitaでプレイできるようになれば泣いて喜ぶ(こっちはソニーが率先して進めるべき、とは思っている)。ただ問題というか、微妙におれをいらつかせ悶々とさせてくれるのは、そういう願望に程度の低い屁理屈を結びつけて正当性をアピールするような連中なんだ。「ゲーマーなら△△版を望んでいるはず」とか「客層考えて△△にすべき」とかね。

例として、ちょっと前の話だが以下を挙げておく。

買わずに移植を願う人々

その後の「買わずに移植を願う人々」

挙げておいて何だが無理してまで読まないでほしいw。とくに後者には時々想像を絶するのが混じっている。あ、PS3/PSP/Vitaで出せというのが目立つのは、単に人口比の問題と、特にXbox360ユーザはこのハード買った時点で達観してる人間が多いand/or複数機種持ちが多いから、というだけだと思う。

最近だと、3DSでリリースされるカルドセプト新作あたりもこういう人々の対象になっている。DSで出た前作をプレイしていれば、携帯機との相性のよさ、2画面との相性のよさくらいわかるだろうに…

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